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ブログ 〔 マニアック放言録 〕

2015.12.19

スターウォーズ・フォースの覚醒

公開2日目の12月19日、朝昼晩と3回続けて『スターウォーズ・フォースの覚醒』を観た。
これから楽しむ方のために、ネタバレする記述は避けるが、どうしても言いたいことがある。

1日に3回続けて観るのは、第3作『ジェダイの帰還』(エピソード6)以来だ。
もちろん、第1作(エピソード4)から連続7作、全て封切時に劇場で鑑賞している。

前作(エピソード3)からでさえ、既に10年が経っており、ストーリー上で今回作の
直前の物語であるエピソード4(1983年公開)からは、何と32年が経過している。

さすがに、登場する役者の親子関係というのは年齢的に隠しがたい無理があり、
どうみても祖父母と孫の関係になっている。老け顔メイクはできても、若返りメイクは難しい。

ルーカスフィルムを買収したディズニーは、この一発目で失敗しないよう守りに入った感が強い。
3回観た1回目の鑑賞時から、ストーリー的にエピソード4のデジャブかと思った。

エピソード1がファンの期待を受けて大ヒットしたものの、ファンからの鑑賞後の意見は、
期待外れ的な辛辣なものが少なくなかった。結果として、エピソード2では動員数が減った。

公開前は熱烈なファンたちのおかげで盛り上がるが、本当のファンは作品に厳しい。
観客の期待が高ければ高いほど、作り手側はその期待を良い意味で裏切るのは大変だ。

ニュース報道などでは、「感動した」「期待以上だった」との声が多く聞かれたが、
その方たちはたぶん、リアルタイムで第1作から追いかけては来なかった人達だろう。

そうは言っても、さすがはスターウォーズ・シリーズで、連続3回観ても飽きない完成度だった。
しかし、根本的なストーリーに新奇性が全くなく、言い方を変えれば新しい挑戦を行っておらず、
画面構成もやたらと既存のファンへのゴマすりのような、オマージュ満載の内容だった。

たぶん、私らの様に長年のコアなスターウォーズ・ファンが求めていたものは、
思い出探しのようなチンケな構成ではなく、予想だにしない新しい展開だったはず。

スターウォーズが全9作の壮大なスペース・サーガであると聞いたのは中学生のころ。
「生きている間に全9作観れるかな」という、大きな不安と期待を抱いたのを今でも覚えている。

人生を通して追いかけて行こうと覚悟した経験のある、我々生粋のファンの思いとは裏腹に、
10年間のブランクと、ディズニーへの身売りが、作り手側の覚悟を軟弱にしてしまったのだろう。

スターウォーズ・サーガは壮大な物語であり、これから何世代にもわたって愛されていく映画である。
一作品の公開時における観客を強く意識し過ぎると、サーガ自体の普遍性を弱体化させてしまう。

そういう意味で本作エピソード7は、たぶん興業においては勝者となるだろうが、
全9作が出揃った時、サーガを構成する1/9の物語としては、最弱の敗者となることが想像できる。

オマージュ的構成を甘受するとしても、登場人物の内に秘めた熱情というモノが強く感じられなかった。
物語として、どの登場人物にも大して感情移入できなかったのは、そこに原因があるだろう。

ただ、3部作の1作目だから、次の展開如何では今回の内容が伏線となって、存在意義が高まるかも。
いずれにしろ、始まったばかりだ。

次回作では、「エピソード5・帝国の逆襲」のように、我々コアなファンの度肝を抜くような、
斬新で挑戦的な仕掛けを施してほしい。

フォースと共にあらんことを。

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